福岡高等裁判所宮崎支部 昭和39年(ネ)9号 判決 1965年1月20日
控訴人 国
訴訟代理人 大道友彦 外二名
被控訴人 加治佐徳兵衛
主文
本件控訴を棄却する。
控訴費用は控訴人の負担とする。
事 実 <省略>
理由
一、当裁判所も、また、ここに引用する原判決理由説示冒頭から原判決五枚目裏五行目までの部分(当事者間に争いのない事実と被控訴人が公団から割当を受けた菜種によつて製造した菜種油の所有権の帰属についての判断)と以下に述べるところにより、控訴人主張の損害金請求は損害額についての判断をなすまでもなく失当であると判断する。
二、被控訴人の不法行為責任について。
被控訴人が菜種油ドラム罐約七本分一、二六七瓩を昭和二六年三月三〇日までに公団に納入すべきであるのに、正当の理由がなく昭和二五年七月二六日頃訴外浜田三郎に横流したとの事実ありとして昭和二五年一一月二〇日臨時物資需給調整法違反事件につき指宿簡易裁判所で略式命令の裁判を受けたが、正式裁判の請求による公判手続中大赦令により免訴になつたことは前記のとおり当事者間に争いがないところ、成立に争いのない甲第八号証、原審証人加治佐徳雄の証言及び原審における被控訴本人尋問の結果によれば、訴外加治佐徳雄は被控訴人の長男で昭和二四年には高校在学中であつたが、同年一二月頃被控訴人が脳溢血で倒れたので、翌年卒業と同時に家業を手伝い、被控訴人と同業の東秀雄や佐多宗二らの助言や連絡を受けて菜種油を製造、譲渡をしたこと、被控訴人は脳溢血による臥床後約半年間(昭和二五年半ば頃まで)は全然意識がなく、その後は意識も回復したが、約四、五年間は思考、判断は容易に一般通常人の程度にまで至らなかつたため、応答も十分にできず、徳雄が取引上の事項について指示や判断を求めても明確な意見の開陳ができなかつたこと、徳雄は一存で昭和二五年七月二六日頃訴外浜田に菜種油を横流したこと、ただし刑事事件としては被控訴人の犯行として指宿簡易裁判所の認定するところとなつたことを認めることができ、右認定に反し控訴人主張の被控訴人の横流しの事実を肯認するに足りる確証はない。
控訴人は加治佐徳雄のした右不法行為につき被控訴人が使用者としての責任を負うべき旨主張するが、被控訴人の病状に関する上記認定によれば、昭和二五年七月下旬頃徳雄の業務執行を十分に監督できる状態にあつたかどうかはきわめて疑わしいものといわざるを得ないから、被控訴人は徳雄の使用者として徳雄が業務の執行についてした上記不法行為について責任を負うものと速断するわけにはいかない。
従つてこの点において控訴人の請求はすでに理由がないものといわなければならないが以下にのべるところによつても、その理由がないことは明白である。
三、消滅時効の抗弁並びにこれに対する時効中断、時効利益の放棄の再抗弁について。
昭和二五年一一月二〇日、被控訴人に対する臨時物資需給調整法違反事件につき前記略式命令が発せられたのであるから、遅くとも同日までに公団としては係官が前記徳雄の菜種油の横流しについて捜査当局の調べを受けたこと、右によつて不法行為の事実及び損害の発生を知つたものと推認することができる。右推認を覆し、控訴人主張の昭和二六年三月三〇日まで控訴人ないし公団が右損害発生の事実を知らなかつたとの点が窺えるような事情は明らかにされていない。そうだとすると、昭和二五年一一月二〇日から三年を経過した昭和二八年一一月一九日の経過とともに控訴人主張の債権につき消滅時効が完成したというべきである。控訴人は被控訴人が昭和二七年六月一二日付の書面)甲第一〇号証の一、二)を発してこれにより公正証書(乙第五号証)による債務負担に関し訴外神吉定得が被控訴人の代理人としてなした無権代理行為を追認したので時効が中断したと主張するが、右公正証書についての後記説示(ことに右公正証書につき執行力排除の訴を提起していること)及び原審における被控訴本人尋問の結果に徴するとき、被控訴人は前記の如き病状にあつたため被控訴人においてとうてい右無権代理行為を追認するような事情になかつたことは明らかである。(而も甲第一〇号証の二(手紙内容)の成立についての立証はない。)右時効中断の主張は採用できない。次に控訴人は右甲第一〇号証の一、二の支払延期要請の書面により、被控訴人が控訴人主張の債務を承認したから時効中断の効果が発生した旨主張するが、仮に被控訴人が控訴人にあてて右書面を作成したとしても、右書面の記載自体のみからみてかく解することは困難で、他に右書面が控訴人主張のような趣旨で作成されたことを明らかにしうる証拠もない。よつて控訴人の右主張も採用するに由ない。
次に被控訴人が昭和二九年三月八日に金五〇〇円を支払つたことは成立に争いのない甲第一号証、甲第二、第三、第六号証の各一、二、原審及び当審における証人小山義春(当審における証拠調の際までに「吉永」と改姓。以下同じ。)、当審証人川崎義治の各証言によつて認められ、また、昭和三一年二月一三日にも同じく金五〇〇円を控訴人に支払つたことは当事者間に争いがない。しかし、被控訴人は前記時効の完成を知らないで右二回にわたる弁済をしたことが成立に争いのない甲第四号証の一、乙第二号証の一、原審における証人加治佐徳雄の証言及び被控訴本人尋問の結果を総合して明らかである。原審及び当審における証人小山義春、当審証人川崎義治の証言中、被控訴人が時効完成を知り、控訴人主張の債権額を承認したうえで右二回の支払をし、もつて時効利益を放棄した旨の証言部分は原審における被控訴本人尋問の結果に照らして措信できない。また、甲第一号証(昭和三一年二月一三日付債務確認証と題する書面)には被控訴人は国に対し油代金二四万三、八二六円の債務を負担することを確認する旨の記載があるが、同書面の記載自体並びに原審及び当審証人小山義春の証言により、甲第一号証は乙第五号証(公正証書)の存在及び記載内容を示してこれを根拠に南九州財務局勤務の小山義春が被控訴人に対し署名、押印を求めたことが認められる。而して右乙第五号証には甲第一号証同様売掛代金債務二四万四、三二六円を負担することを確認する旨の記載のほか、同年四月から同年九月まで各月末にこれを分割支払う旨の約定記載がある。
控訴人は本件において右金額二四万四、三二六円を菜種油の時価に相当する控訴人の蒙つた損害金であるとして主張していることは弁論の経過に照らして明らかであるところ、右乙第五号証及び甲第一号証になされた油売掛代金なる債務の表示がいかなる交渉経過で表示されるに至つたかは明らかでないのみならず、乙第五号証の公正証書については、債務者とされた被控訴人を代理する権限のない者の嘱託によつて作成されたものとして、執行力の排除請求を容認した被控訴人の勝訴の判決が確定していることは、当事者間に争いがない。以上の事実と、原審における被控訴本人尋問の結果を総合すると、甲第一号証は、被控訴人が、控訴人側の主張する金額の債務を負担すべき根拠(原因)、算定基礎等について詳細を知らないままに、求めに応じて署名、押印したことが容易に窺われる。よつて右甲第一号証によつても、控訴人主張の時効利益の放棄を認めることはできない。
そして以上認定にかかる諸事情を考慮するとき、前記二回にわたり各金五〇〇円の支払があつたとの外形的事実のみによつて、ただちに、時効利益の放棄を推認することはできないものというべきである。
他に控訴人主張の時効利益放棄を認めるに足る証拠はない。
四 以上によつて控訴人の本訴請求が理由のないことは明らかであるから、控訴人の請求を棄却した原判決は相当で、本件控訴は棄却すべきものとする。よつて訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九五条、第八九条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 原田一隆 野田栄一 宮瀬洋一)